いろいろ思うことはあるけど、個人の感情なんて、社会からしたらどうでもいいものだ。

悲しかろうが、楽しかろうが、物事がうまくいけばどうだっていい。

そういうものらしい。

人生で初めて絵を買いました。

会社でお昼のあと、ふらりと行った展示で、数十万がぽーんと。

預金残高を思うと失神しそうになる。

これはきっと、自分の中に住まわせるタイプの贅沢。

私は最近、自分の身体や栄養素について考えている。
美味しいか不味いかではないものの味をしりたい。でも違う感覚や誰かの価値観で栄養をとっていることの方が多いな。

私は最近、自分の身体や栄養素について考えている。

美味しいか不味いかではないものの味をしりたい。でも違う感覚や誰かの価値観で栄養をとっていることの方が多いな。

ニューヨークから帰ってきた。もっと一緒にいたいと願ったら、最終日大寒波で出航遅延、着いた成田も大雪で空港の床で延泊することになった。

寂しい気持ちにもなるし、大切なものばかりだけれど、必要なものはごく僅かだと思う。

嫌なものには寡黙に、好きなものには話す努力をしよう。

去年一年間、ずっと苛々していた。いろいろなことが上手くいかなくて、全部が少しづつ、悪い方向にいった。嫉妬や損得勘定、あざとさ、怠惰に翻弄されながら。言動も作品も、そのときの私の全てだったけれど、私の全ては稚拙で嫌気がさした。あ〜あ、何を気にしていたんだか。 もっと正直になれば良かったな。何もかもを、失う覚悟で。

"美しい文字にこだわっていく過程で同時に、「悲しい」ということにも出会います。諸説ありますが、漢字の「美」の由来は、「悲」からくるものだそうです。文字に残す、という行為は大概にして喜びより、悲しみの感情からくることの方が多い。だからなのか、美しいことと悲しいことは、僕にはどうもセットに見えてしまうのです。"